【週末社長】をはじめる前の私の状況とライフスタイル

私は、佐賀県のハンドルネーム「バービーパパ」こと 松浦 といいます。
43才で、仕事は有明海でとれる海産物仲買加工の仕事を20年つづけています。
23才のとき父親をなくし、以来、母親と家内の3人家族で暮らしています。

しかし、ここ10年前から急激に仕事がなくなりました。
私の仕事は、その年の自然状況で大きく左右されます。

特に、家庭排水からの汚染・温暖化・諫早湾の埋め立
て、原因はよくわかりませんが、有明海の漁獲量が激
減しました。

その結果、仕事がなくなり失業状態になったんですね!

無理して、仕事を作って働きましたが仕入れたものを「魚市場」で
委託販売する【相場制】ですから当然「損」がでるんですね。

あせって仕事すれば、するほど、、、頑張れば、頑張るほど、、、
なぜか、無情にもどんどん【借金】が増えていったんですね!

とうとう、、、1998年2月当時で、

借金5000万円、月の返済100万円になってしまいました。

そうなると・・・ 本当に生活は一変します・・・

毎日、毎日、支払いのことを考えなければいけません。

そんなときでも、同級生からの居酒屋の誘いや、商工会の会合の後の焼き鳥屋のお誘いがあるんですね!
本当はお金がなかったんですが、、、「明日の仕事が早いから今日はパス!」って言わないといけないんです。

本当は行きたかったんですよね!。。。あ〜あ、、、お金があればなぁぁぁ。。。

結婚式の案内をいただいても、、、数日前になって、、、

「すいません。当日、どうしてもはずせない仕事が入って、、、」ってうそをついて、

最低限のご祝儀をつつみ、不義理をして欠席ばかりしてました。。。

町内行事の寄付や新聞に掲載される同窓会の寄付もお断りするありさまでした。

毎年名前があがるのに、名前があがらないのって恥ずかしいんですが見栄をはってる余裕はありません。

もう、限界だな・・・ 覚悟をきめて、廃業も考えました。

しかし、なんとか、この状況を脱出したかったんです。
なんとか、以前のお金の心配をしなくていい生活に戻りたかったんです。

だから、必死に打開策を考え、探しました。

☆アルバイトを考え、真剣に探してみました。

●しかし、本業が自然相手の為、時間の予定がたてられません。

●ましてや、アルバイトでどうにかなる借金の額ではありませんでした。

☆トラックが空いていたので、軽貨物の説明会に行きました。

☆SOHO雑誌も「アントレ」でも「フランチャイズ」の情報も、立ち読みでしっかり探しました。

●しかし、軽貨物業も100万円以上のお金がかかり、私には無理でした。

●ましてや、フランチャイズの仕事は、それい以上のお金がかかりました。

しまいには、「何をしたらいいのか?」さえもわからなくなっていました。

そして、「何ができるのか?」さえもわからなくなっていました。


それが、1998年2月ごろの状況です。

しかし、その年の2月15日を境に私の人生は一変しました


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